怠けてる

名前は変わります

恥ずかしい

久々にここへきた。わお、230日余りも経っているんだね。それにしても下の2つの投稿、開いてはないんだけどそこに見える書き出しだけを読んでも恥ずかしくなる。

なんだかわからないけど書いてみようと、ふと思ってここへ来てこんな文章を書いている。

そうしてまた未来の自分に「恥ずかしい」を渡すんだ。ていうかこんなの、書いてる今から恥ずかしい。

ガールなのにボーイ

そういえば僕の名前はスーパーシティガールだけど中身は男です。特に由来も込めた意味もない。すこしシティー派の風を吹かせたかったの。ぼくっこではないです。今回書きたかったことは、それだけ。

だから、思ったけどタイトルは「ボーイなのにガール」のほうが正しいや

僕がブログをはじめるワケ

それは大したワケではなく、長いこと色んな人のブログを読んできた僕もとうとうブログを書きたくてウズウズしてきて矢も盾もたまらない、そんな気持ちになったから。

小さいころから文章を書くことが好きだった。そして、それを読んでもらうことも好きだった。でも、学校で作文や意見文の課題を出されない限り、自発的に文章を書くということはこの生涯を通して数えるほどだった。それで本当に文章を書くことが好きと言えるのか。そう考えて思うのが、これまでの数少ない文章を書いていた時。そして今こうしてこの文を書いているこの瞬間のこの気持ちは、やはり文章を書くことが好きと言わざるをえないものだってこと。

僕の生涯通して数えるほどの自発的な執筆は、どれも人に見られることのないノートに書く日記ともエッセイともつかない文章だった。それがどうして今回はブログなのか。それはやはり人に読まれたいんだと思う。自分のことなのに思う、というのはおかしな話かもしれないけど自分の心情を正確に書くとどうもこの表現が適切だ。つまり自分でもよく分かっていないが、人に読まれたい気持ちがあるのは少し感じている。そういえば昔から人に読まれるのは好きだったんだ。

書くのも好きな僕だけど、読むのも好きだ。そこにジャンルは問わないがある頃からエッセイやコラムといった類の文章に特に魅せられることが多くなった。僕の私論では、それは書いている人の個人的で偏った意見や主張が強くにじみ出ているもの程良い。これは自己分析だけど、自分は文章の向こうに書いた人が、書いた人の生活が見えて、そこに呼吸や体温を感じるのが好きなんだと思う。僕という人間は根底に寂しがりやがあるんじゃないかと思っている。

こうして僕はこのブログを始める。僕が何でブログを書くか、ここまで書いてきて一つの答えが浮かんだ。この行為は反射だ。月が太陽の光を受けて輝くように、今までに読んできた僕の感情をぶん殴り揺さぶってきたエッセイやコラム、様々な文章から受けた光を反射させたその光で誰かを照らそう。

更新頻度は特に設けず気ままに書いていこうと思うのでよろしくお願いします